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ここが見どころ 観光スポット

おおやまとじんじゃ

大和神社

上街道沿いに建つ鳥居
長く続く参道
参道の途中に建つ鳥居
遠方から見た拝殿
拝殿

大和王権誕生時、宮中に奉斎された神社

神域 現在の神域は43ヘクタールと広大で、鬱蒼たる森が広がっています。
祭神 大国魂大神(おおくにたまのおおかみ)、八千戈大神(やちほこのおおかみ)、御年大神(みとしのおおかみ)。
 『日本書紀』によれぽ、祭神の大国魂大神と八千戈大神は、ともに大已貴神(おおなむちのかみ)の異名同神で、国土経営に功をたて、武勇にすぐれた神徳を尊崇する名前とされ、御年大神は穀物の守護神と説明されています。
創建 孝昭天皇即位の年、はじめて宮中内に大国魂大神と天照大神が同殿共床で奉斎しましたが、崇神天皇即位6年9月に天皇は神威をおそれ、天照大神を皇女豊鋤入姫に勅して倭の笠縫邑に移し、大国魂大神を皇女淳名城入姫に勅して、倭国市磯邑に移されました。これが大和神社の創祀とされています。
 後世になって神域は幾度か移り、中世に現在の地に移りました。
歴史 持統天皇6(692)年、藤原京を造る由が神社に奉告され、天平2(730)年、神戸租稲1,040束が祭祀料として捧げられ、天平勝宝元(749)年には諸国の地327戸が神封として寄せられました。
 このように由緒深い古社ですが、都度重なる火災と移転で次第に勢力が衰え、今日に至っています。
社格 朝廷の崇敬があつく、嘉祥3(850)年10月に従二位、貞観元(859)年正月に従一位、寛平9(897)年12月に正一位の神階が授けられました。『延喜式』神名帳には「山辺郡大和坐(おおやまとにいます)大国魂神社三座」とあり、祈年(としごい)・月次(つきなみ)・相嘗(あいなめ)・新嘗(にいなめ)および祈雨の幣吊に預っていました。平安時代には二十二社中の七社に列せられ、明治4年には官幣大社となりました。
神職 神武天皇の功臣、椎根津彦の子孫である市磯長尾市が奉仕し、その子孫が大倭国造となり、大倭氏と称して神主をつとめました。

ルート

大和(おおやまと)神社は上街道コース沿いに所在し、JR長柄駅からは東南へ約500mの距離です。

電車/JR桜井線「長柄駅」下車徒歩約8分
JR・近鉄「天理」駅よりタクシーで約10分
バス/奈良交通バス「大和神社前」下車。徒歩約5分。
車/西名阪自動車道「天理I・C」より南へ約15分

周りの環境

東西に長く延びる参道は戦艦「大和」と同じ長さがあり、鬱蒼と茂る両脇の木々は、遠くからでも見ることができます。
4月1日には大和にいち早く春を告げる祭り「ちゃんちゃん祭」が行われ、9月23日には市の無形民俗文化財に指定されている雨乞満願の「紅幣(べにしで)踊り」が奉納されます。

ポイント

「大和」と言えば今は奈良盆地を指しますが、昔は天理市南部から桜井市北部地域を言い表すことばでした。
大和神社の資料は移転や火災のために散逸し、神社の歴史を詳しく知ることはできませんが、「大和」の名を冠した大和神社が大和王権の成立から丁重に扱われたことは、王権内の権力基盤を考えるときにとても重要なことです。
また、近代では戦艦「大和」の守護神とされたことでも有名です。
長い参道を歩きながら、これまでの歴史についてあれこれ、想いを巡らすのも楽しいものです。

アクセスデータ

エリア上街道コース      
所在地新泉町306
入館料
駐車場あり
休憩所あり
トイレあり
問合先0743-66-0044
WEB大和神社
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